【DR30型スカイラインRSターボ】JSSレース仕様のスペック

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【DR30型スカイラインRSターボ】JSSレース仕様のスペック

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1980年代は日本の自動車業界で「パワーウォーズ」と言われる、エンジンパワー競争が激化し、各社が「ターボチャージャー」、「スーパーチャージャー」と言った過給機、エンジンの多バルブ化、DOHCなどに加え、ボディの空力面でも向上が図られた時代。その初期から時代を牽引していったのが「日産・スカイライン」と言っても過言ではないかもしれません。中でも「R30型スカイライン」は、まずDOHC4バルブエンジンの「FJ20E」エンジンを搭載し「RS」を登場させました。その後、ターボチャージャーを装着し「ターボRS」、インタークーラーを追加し「RSターボC」も登場。点火系にプラズマスパークモデルも登場させることになります。いずれもイメージカラーは、「赤/黒」もしくは「黒/銀」の2トーンカラーです。実は、「赤/黒」のボディカラーについてですが、サーキットにカムバックする「R30スカイライン」の「スカイライン・スーパーシルエット」が採用したカラーが市販車に投入されることになっていたのです。この「赤/黒」カラーは、インパクトのあるカラーでシルエットフォーミュラのコーナー進入時に減速した際に吹き出すアフターファイアによるサイドマフラーから炎は、多くの車好きを魅了しました。


「史上最強スカイライン:RSシリーズ」

1980年代のパワーウォーズ時代を牽引する一台となった「RS」は、1981年10月にNAエンジンを搭載して登場します。ハコスカ・ケンメリ GT-R以来となる「4バルブ DOHC」を採用した、直列4気筒4バルブDOHC FJ20E型エンジン(150PS/6,000rpm、18.5kgm/4,800rpm)を搭載する「2000RS」(DR30型)としてデビューします。ハイスペックエンジンではあるものの、4気筒エンジンだったために「RS(レーシング・スポーツ)」のモデル名が与えられました。

そして、「史上最強スカイライン」として登場するのは、1983年2月のことでKKK製のターボチャージャーを装着した「FJ20ET型(190PS/6,400rpm)」を搭載した「2000ターボRS」(DR30JFT型)が登場しました。

このモデルは歴代スカイラインのどれよりも高出力であったことから「史上最強のスカイライン」というキャッチコピーが用いられることになりました。また、日産は、このモデルでハコスカ以来となるワークスとしてレース(シルエットフォーミュラ:Gr5)に復帰しています。

「ターボRS」から半年後の1983年8月マイナーチェンジにより後期型になり、大型バンパーの採用、RSの後期型は薄型ヘッドランプ、ラジエーターグリルレスのデザインにより「鉄仮面」と呼ばれることになります。また後期型はスモークテールに三本スリットの①テールに変更されています。ラグジュアリー志向のパワーランバーサポート・パワーステアリング・パワーウインド・カセットコンポを装備した豪華仕様「2000ターボRS-X」(DR30XFT型)も追加されました。そして、パワーウォーズ時代を牽引する「RS」シリーズもいよいよ最高出力200psオーバーを迎えます。

1984年2月、インタークーラー搭載モデルである「2000ターボインタークーラーRS/RS-X」(DR30JFS/DR30XFS)を追加するのです。このモデルは「ターボC」と呼ばれています。エクステリアデザインの違いはフロント左下のエプロンにインタークーラーの冷却用開口部が設けられました。また、「RS-XターボC」では、ハイタッチモケット仕様の内装が選択可能となりました。インタークーラー付きFJ20ET型エンジンはグロス表示ながら最高出力:205PS/6,400rpm、最大トルク:25.0kgm/4,400rpmを発生させるポテンシャルを備えていました。


「DR30型:スカイライン 2000RSターボC」:スペック

  • 年式:1984年
  • 型式:KDR30型
  • 全長 × 全幅 × 全高:4,620mm × 1,675mm × 1,385mm
  • ホイールベース:2,615mm
  • トレッド(F/R):1,420mm / 1,410mm
  • エンジン型式:FJ20ET
  • エンジン形式:直列4気筒 DOHC ICターボ
  • 排気量:1,990cc
  • 最高出力:205PS / 6.400rpm
  • 最大トルク:25.0kgm / 4.400rpm
  • 駆動方式:FR
  • トランスミッション:5MT
  • サスペンション(F/R):ストラット / セミトレーリングアーム
  • ブレーキ(F/R):ベンチレーテッドディスク / ディスク
  • タイヤサイズ(F/R):205-60-R15

「JSS時代のR30型スカイライン」

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1980年代後半になると「スカイラインRS」の活躍場は、シルエットフォーミュラからJSS(ジャパン・スーパースポーツ・セダン)シリーズに。生産車両をベースとするレースは、入門編の富士フレッシュマンを除けば、始まったばかりのメーカー系ワンメイクレースがいくつかあった程度で、メジャー(名称はマイナーだが)なところでは、すでに生産が完了したサニーを中心とする富士マイナーツーリング(TS)以外は、これといったレースがない状態だった。そして、その参戦車両の多くが「マツダ・FC3S RX‐7」で、低コストで高出力が得やすいロータリーエンジンの特徴が生かされて活躍。その一方で「スカイラインRS」は、ベース車両を手に入れるにしても「日産・S12シルビア」や「マツダ・FC3S RX‐7」より割高になる傾向があったためにJSS史上では少数派の車両となっていました。理由として「スカイライン」シリーズは、JSSレースの2年目にあたる1985年に、「R30型」系から「R31型」系へのモデルチェンジが行われ、都平がチャンピオンを獲った1988年、89年は、「R31型」系が終盤期にさしかかろうかという時だったということです。


「グループAからの転用がJSS仕様のR30」

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新車が手に入らない時期に、JSS仕様のスカイラインは製作された個体が多いと考えられています。メーカーが直接参入したグループAレースは、改造幅が制限されていたこともあり、ベースボディを徹底的に作り込むことが常識で高剛性ボディに仕上げられていたようです。市販車からJSS仕様の車両に仕上げていくと手間とコストが大幅にかかる。それゆえに精度の問題も含めて、グループA車両をベースにできれば、効率よく質の高いJSS車両を作ることができたということです。


「DR30型スカイラインJSS仕様」

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DR30型スカイラインのJSS仕様のエクステリア見てみると、現在ではエアロパーツの装着によってバランスの良いボディシルエットが与えられているように思えます。

ノーズの浮き上がりを抑える形状のフロントバンパースポイラー。フロア下に入る空気流を制限しエンジンルーム内に取り入れる冷却気の流れをコントロールしている。

ボディ左サイド下に設けられたエキゾーストの出口。フロア下面にパイプが露出することを避けるためフロアを叩いてエキゾーストトンネルが作られている。サイドエキゾースト車全般に見られる処理方法。

一体成形のリアブリスターフェンダーとウイング支持ステーを後方まで伸ばしたリアウイング。ブリスターの張り出し量は大げさでなく、それでいてダイナミックに見えるデザイン。DR30を所有するなら装着してみたいと思わせるボディキット。

ボンネットの下に搭載される、直列4気筒DOHCのFJ20型エンジン。もともとL型SOHC6気筒エンジンが搭載される設計のためにエンジンルームはシンプルな状態。ラジエーター直後の大型インタークーラー、径の太いエキゾーストマニホールド、そして大きなタービンハウジングが高出力型であることをうかがわせる。ちなみにシルエットフォーミュラの「スカイライン・スーパーシルエット」のLZ20B型エンジンは、最高出力:570PS以上のモンスターエンジン。

キャビン内に張り巡らされたロールケージ。しかしピラーやルーフとの接合部はなく、ボルト結合による組み立て式となっている。この車両は1991年まで使われた車両ですが、このロールケージ形式はそれよりはるかに前の改造部分。

メーターパネルの配置は、タコメーターを中央に、その両脇に油温、排気温、油圧、水温の各メーターを配置。メーターパネルはDR30型スカイラインのオリジナルを使用しているが、規定としてはJSSだとこの部分は自由。この個体のようにオリジナルのパーツをいかして仕上げているところにグループA車両の名残があるということです。

ボディ後方のトランク床下の位置に安全燃料タンクを設置。ここにパネルの溶接痕があり元の車両が大型燃料タンクを装着してことをうかがわせる。グループA車両からの転用車両の証と言えるでしょう。


「ベース車両のJSS時代のエクステリア」

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赤/黒2トーンで塗られた現役当時のカラーリング。カーナンバー22は都平健二がJSSやTSで使い続けた番号で、ニスモのセカンドゼッケンでもあったということです。

日産プリンス千葉カラーは1991年時のもので、都平自身は86年からDR30を使い続けている。都平は88年と89年のJSSタイトルを獲得しています。

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