Table of Contents
【ケンドーコバヤシ】愛車のカワサキZ1青玉虫カラーの仕様と価格
あわせて読みたい記事:【中尾明慶】 愛車の1980年式カワサキZ750FXのスペック
あわせて読みたい記事:【市原隼人】愛車のZ1・カワサキ900superfourの仕様
あわせて読みたい記事:【岩田剛典】愛車のバイクのヨンフォアシャーロック仕様と歴代彼女
独特な感性のギャグセンスでお笑い芸人としての存在感や俳優としての渋い演技で人気の「ケンドーコバヤシ」さん。多くの趣味を持つ中、旧車好きとしても有名です。そんな「ケンドーコバヤシ」さん愛車に注目です。
「ケンドーコバヤシさんのプロフィール」
- 名前:小林 友治(こばやし ともはる)
- ニックネーム:ケンコバ、コバ、Mr.やりたい放題、イタズラ天使コバちゃん
- 生年月日:1972年7月4日
- 出身地:大阪府大阪市東住吉区東田辺
- 血液型:O型
- 身長:172cm
- 最終学歴:初芝富田林高等学校
- 出身:NSC大阪校11期
- コンビ名:松口VS小林(1992年 – 1995年)、モストデンジャラスコンビ(1995年 – 2000年)
- 相方:松口祐樹(松口VS小林)、村越周司(モストデンジャラスコンビ)
- 事務所:吉本興業
- 活動時期:1992年 –
- 同期:陣内智則、中川家、たむらけんじ、ハリウッドザコシショウ、児嶋一哉(アンジャッシュ)
- 経歴:1992年4月大阪NSC入学。11期生であり、同期は陣内智則、中川家、たむらけんじ、ハリガネロック、烏川耕一、たいぞう、ハリウッドザコシショウ、小林和寿など。吉本以外では児嶋一哉(アンジャッシュ)などが同期。NSC在学中『沖・小林』を経て、元ハリガネロックのユウキロックと『松口VS小林』を結成し、ボケを担当。ツッコミにドロップキック等のプロレス技を用いたり、ネタをしながら互いにプロレス技を掛け合うといったアンタッチャブルな芸風で人気を得る。また、NSC在学中に『オールザッツ漫才』に出演するなど、将来を嘱望された時期もあったが、コンビ名通り対立関係に発展してしまい、方向性の違いから1995年解散。元々、松口は小林の方向性に疑問を持っていたが、ある日小林から「下着泥棒2人が殺し合いをする」という設定のコントのネタを見せられた松口が、「お前と組んでると売れる気がしない」と言って解散を切り出した。その後、同期の村越周司と『モストデンジャラスコンビ』を結成。同コンビではツッコミ担当だったが、全くボケ・ツッコミの区別がつかない無秩序なネタを生み出し続けた。当時の心斎橋筋2丁目劇場ブームに乗り、また小林の実力を評価した千原兄弟や、バッファロー吾郎、FUJIWARAなど先輩芸人の後押しもあり活躍。モストデンジャラスコンビは村越が芸人引退を希望したことによって(村越はフリーのピン芸人として2006年復帰)、2000年3月をもって解散した。解散に伴い、ピン芸人としてbaseよしもと、2003年9月からはうめだ花月を中心に活躍。バッファロー吾郎主催の大喜利イベントダイナマイト関西には初回から参加、本大会では参加芸人中最多の5回の優勝を誇っている。その他各種イベントやMBSラジオ『スッごい!おとなの時間』など数々共演。野性爆弾、ザ・プラン9、友近らと共に、バッファローファミリーとも称され『アメトーーク!』などで取り上げられた。また、FUJIWARAともテレビ大阪『吉本超合金』で共演。後番組『吉本超合金K・ケンコバ大王』は初の冠番組。2001年4月から『見参!アルチュン』・『?マジっすか!』(共に毎日放送)に出演。中高生の間で知名度を上げる。さらに毎日放送の昼の情報番組『ちちんぷいぷい』のレギュラー出演( – 2006年4月)で一般層に知られるようになる。2006年夏には『ケンドーコバヤシのオーサカ夜キング』(毎日放送)が放送。同番組には陣内、たむけんをはじめ、元相方村越周司など、コバヤシ所縁の多数のお友達ゲストが日替わりで登場した。翌年の2007年には一部内容をリニューアルし『オーサカ夜キング ケンコBAR』として放送された。『オールザッツ漫才』(毎日放送)にはコンビ時代から出演し、2001年にはトーナメントで優勝。2004年にネタ組として「ピンクローター漫談」という下ネタコントを披露し、これがきっかけで関西での全てのレギュラー番組を降ろされてしまい東京へと逃げ込み、東京進出に成功。その後も毎年出演する「番組の顔」となり2009年には陣内智則とともに司会を務めたが、2009年の出演を最後に番組を降板した。2003 – 2005年にかけてテレビ東京のハロープロジェクト関連の番組、ダウンタウン司会『考えるヒト』(フジテレビ)など、全国放送のテレビ番組に出演するようになる。2006年には『アメトーーク』で後述の「越中詩郎大好き芸人」が大受け。『人志松本のすべらない話』、『やりすぎコージー』、『ゴッドタン』、『明石家さんちゃんねる』など露出も増え、知名度を全国区にする。2007年8月、ダウンタウン松本の兄、取締役松本隆博プロデュースでメッセンジャー黒田との音楽ユニット「コバクロ」結成。デビューソングは「わくわくしない世代」。また、映画『パッチギ!』『ヤッターマン』や、ドラマ『BOSS』など、俳優としての起用も徐々に目立ちつつある。自身の俳優の仕事を本人曰く、「人妻の危険なアルバイト」とのこと。2009年10月、千原ジュニアとの作品で「S-1バトル」の10月の月間チャンピオンとして選ばれた。
「ケンドーコバヤシさんの愛車カワサキZ1」
あわせて読みたい記事:【岩井勇気】愛車のカワサキ500ssカミナリマッパハライチ仕様
1973年式モデル。購入価格は400万円ほどだったそうです。ボディカラーは玉虫カラー。ヘッドライト変更しているそうですが、他はフルオリジナルの極上コンディション。
「カワサキ・900 SUPER FOUR(Z1)」:概要
あわせて読みたい記事:【特攻の拓のバイク】沢渡弘志の愛車Z750Zfour-D1風神Z2
世界最速の座を4ストロークエンジンでも狙うべく、カワサキが進めていたプロジェクトから誕生したモデルが通称Z1。開発当初は排気量750ccだったものの、1968年のモーターショーで、ホンダが量産市販車初となる空冷4気筒モデル「ホンダ・CB750 Four」を発表し、それを超えるインパクトを市場に与えるため、新たに900ccエンジンへと仕切り直されたということです。そして1972年、前代未聞のビッグバイク「Kawasaki 900 SuperFour」通称“Z1”が登場したのでした。Z1という呼び名は、1973年に登場したZ2に対してつけられた呼称である。その車名に関された“Z”の由来は「最高にして最後のもの」という意味からアルファベットの最後の文字が与えられたことによる。また、当時カワサキでは新開発車にステーキ名を付けていたことからZ1はアメリカで「特大」を意味する「ニューヨークステーキ」の愛称が付けられていました。当時としては画期的なDOHCを採用し、排気量は世界最大の903ccとなり、82馬力のスペック。もちろん量産市販車として初の快挙であり、発売後間もなく、Z1は世界中で人気を博すモデルとなりました。スクエアのボアXストローク、ドーム型燃焼室、直押しタイプのバルブ、組み立て式クランクシャフト、1100ccまでのボアアップに耐えられるクランクケースなど、Z1はカワサキの技術の粋を集めて開発されたモデル。後に“火の玉”と呼ばれるカラーリングを採用したティアドロップタンクや、スタイリッシュかつ挑戦的なシルエットのテールカウル、4気筒を誇示する4本マフラー、砲弾型のメーターなど、細部にわたるデザインを見ても、非常に斬新なもの。また4ストローク、排気量903ccのDOHCエンジンを搭載し82ps/8500rpmをほこるパワーはゼロヨン12秒、最高速209km/h以上と、世界一のデータをたたき出すことに成功。速いだけではなく、何よりも乗りやすく、タンデムでも高速巡行が可能なマシンとしてカワサキの名車となっています。
「カワサキ900 SUPER FOUR(Z1)」:スペック
- エンジン形式:空冷4ストローク並列4気筒DOHC2バルブ
- 内径×行程(総排気量):66.0×66.0㎜(903cc)
- 最高出力:82PS/8500rpm
- 最大トルク:7.5kg-m/7000rpm
- ミッション:5速リターン
- ブレーキ形式前・後:ディスク・ドラム
- 全長×全幅×全高:2200×865×1170㎜
- タイヤ前・後:3.25-19・4.00-18
- 燃料タンク容量:18ℓ
- ホイールベース:1490㎜
- 乾燥重量:230kg
「カワサキ Z1」:モデル一覧
1972年モデル(Z1):カワサキが世界最速の威信をかけて生みだしたZ1のデビューモデル。スムーズかつパワフルなDOHCエンジンと美しいスタイルで市場を席巻した。この初期型でフレーム番号の若い車両はプレミア付きの高値となっている。現在では最初期モデルは1000万円オーバー。
1973年モデル(Z1):この年Z1の登場から遅れること1年で排気量を746ccとしたZ2の国内版亮が開始された。Z2同様シートベルトが装備された欧州仕様のイエローボールカラーのZ1。この年式までブラックペイントされたエンジンを搭載する。
1974年モデル(Z1A):前期モデルのカラーイメージを踏襲したオレンジとイエローの通称「タイガーカラー」にグラフィック変更を受ける他、エンジンがアルミ地肌のシルバーとなる。中古車相場ではこの年式を境に前期と後期で若干の価格差がある。
1975年モデル(Z1B):グラフィックはそのままに、マルーンとブルーの通称「玉虫カラー」へカラーチェンジされた他、サイドカバーエンブレムのデザイン変更を受ける。中古車市場で台数が多いZ1B。近年、特に青玉虫カラーが人気。
1976年モデル(KZ900):北米仕様のKZ900、欧州でZ900の名前で発表されたZ1からのマイナーチェンジモデル。Z1こ比べると中古車相場も安値であり、基本骨格やエンジンは同一であるためZ1仕様を作るのも良い。ただしタンクは外プレスタンクとなり、Z1と異なる。
この記事へのコメントはありません。