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吉本新喜劇のお笑いレジェンド「間寛平」さん。もう70歳を過ぎておられるレジェンドですが、お笑いも現役で「探偵ナイトスクープ」でも探偵として活躍されていまづ。実は車マニアとしても有名です。しかも、サーキットでの走行会などにも参加されるほどにモータースポーツも好きな方。その「間寛平」さんの愛車に今回は、注目です。
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高知出身の寛平は、小学6年のとき大阪に転居した。高校卒業後は、「20歳まではいろんな仕事をしてみろ」という父の言葉に従い、5トントラックの運転手やタイル職人などさまざまな仕事を経験する。お笑い芸人になろうと思い立ったきっかけは、交通事故に遭ったことだった。無職になって、小遣い稼ぎに白タクをやっていたところ、トラックに追突されて車ごと民家のトイレに突っ込んでしまう。この事故で負傷して入院中、ラジオをつけるとしょっちゅう吉本興業の芸人が出演していた。それを聴くうち、自分でも「こんなんやれたらええなあ」と思うようになったという。そのことを見舞いに来た中学の同級生に話すと、勤務先の飲食店によく芸人が来るから紹介してもいいと言ってくれた。ここから漫才師の鳳啓助を紹介してもらう。鳳には弟子が多いからアカンと断られたものの、当時大阪で売れていた「すっとんトリオ」のところに行くといいと勧められた。そこでトリオのリーダーの松田武夫のもとを訪ねたところ、やる気があるならと通天閣近くのストリップ劇場で修業するよう言われたのだった。寛平は劇場に行ったその日のうちにステージに立つと、芸人生活をスタートさせる。それは1969年10月10日、彼が20歳のときだった。
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「間寛平」さんの愛車は、「ホンダ・NSX」の初代モデルです。当時は日本初のスーパーカーとして注目され、あの伝説のF1ドライバー「アイルトン・セナ」も愛車として所有していた名車です。
「間寛平」さんの愛車は、1993年式のワンオーナー車でナンバーは2桁ナンバーの神戸33というから希少です。走行距離は4万キロ弱。ボディカラーは、ブラック。ホイールはOZ製の当時モノ。それ以外は、ノーマルということです。
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日本の名車の一台として挙げられる「ホンダ:NSX」は、「ホンダ」社の新しいスポーツカー、「ニュー」「スポーツカー」と未知数を表す「X」を合成させた「New SportsCar X」の略名でデビューしました。初代のキャッチコピーは『our dreams come true』、『緊張ではない、解放するスポーツだ』というものでした。初代モデルは、もともと第2期F1参戦を機に「世界に通用するHondaの顔を持ちたい」との願いから開発された車であり、バブル景気絶頂期の1989年に発表、翌1990年9月14日の販売開始から2006年1月末までの16年間の長きにわたってフルモデルチェンジを行うことなく製造され、(フルモデルチェンジに相当する内容の改良は幾度となく行われた)2005年12月まで販売がなされました。当時市販自動車として類を見ない世界初の「オールアルミモノコック・ボディー」を採用していました。その特殊性から、大工場での産業用ロボットによる流れ作業製作ではなく、エンジン同様、生産は手作業で行っていたゆえに、日本車で唯一のスーパーカーとも評されたモデルです。