【BHオークション東京】生産9台のトヨタ2000GTのスペック

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【BHオークション東京】生産9台のトヨタ2000GTのスペック

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今回、大変な注目となっているのが「東京BHオークション」。というのも「東京BHオークション」において、希少な1969年式の「トヨタ・2000GT (MF12L型)」や1982年式の「ランチア・037ラリー・ストラダーレ」含む、多数の名車たちが一挙に出品されるというのです。


「トヨタ・2000GT(MF12L型)試作一号車」:スペック・価格

今回のオークションの中で最も注目されているのが、「トヨタ・2000GT MF12L」と呼ばれる個体で、こちらは僅か9台のみ製造された中の第一号車。ロットナンバーは”MF12-00001”、更には”MF12L”の中で僅か2台製造されたAT仕様という超希少な個体となっています。

ちなみに「MF12L」は、「2000GT」を製造する上での試作モデルだったのですが、その採算を度外視した赤字生産が度重なったことや、トヨタ社内からも「生産を中止してほしい」との声が圧倒的に高まったとのことから、9台を製造した時点で中止された幻のテストモデルとなっています。という事情から市販化されていないモデルなのです。

しかもこのモデル、動態保存されていた個体ということで、ボディカラーはソーラーレッドではなく、ペガサスホワイトに全塗装され、更にはボディやエンジンコンディションも抜群の個体となっています。

パワートレインは、排気量2.0L 直列6気筒エンジンを搭載し、最高出力150ps/6,600rpmを発揮するエンジン。

トランスミッションは5速MTと3速ATがラインナップされていましたが、今回はかなり希少な3速ATとなっています。

なお、この個体の価格は、8,800万円とされています。


「トヨタ・2000GT(MF12L型)」:概要

下記はプレスリリースです。

数ある日本車の中でも群を抜いたカリスマ的人気を誇るトヨタ2000GT(モデル型式MF10)。1967年から1970年まで生産(前期/後期、試作車を合わせて337台)され、その希少性も手伝って現在も国内外で日本車としては驚異的な高値での取引が行われている。

排気量2000ccの直列6気筒エンジンはトヨタ・クラウンのM型がベースとされており、ヤマハ発動機製の先進的なDOHCヘッドを搭載した。エンジン型式は「3M型」とされ、最高出力は当時の日本車としてはかなりハイスペックの150ps/6600rpmを発生。トランスミッションは5速MTの他に3速ATも設定された。

2000GTにはSOHCヘッドを採用した排気量2300ccのモデルも存在する。これは北米マーケットに向けた廉価版という設定で開発が進められたモデルで、整備に一定の手間の掛かるDOHCヘッドではなく、シンプルな構造で整備性にも優れたSOHCヘッドを採用することで、北米での販路を拡大しようとヤマハ発動機が主導して企画・開発が進められた。

エンジンは当時北米輸出仕様のクラウンに搭載された「2M型」をベースにソレックス製キャブレターを3基連装した「2M-B型」。最高出力は140ps/5800rpmを発生する。北米向けのためハンドル位置は左で、トランスミッションはMF10型と同じく5速 MTと3速 ATが設定された。

モデル型式「 MF12L 」 は車体番号MF12 -000001からMF12-000009までの9台が試作として製作された時点で計画は白紙(採算を度外視した赤字生産が続き、トヨタ社内で生産中止の声が高まった)に戻され、市販には至らなかった“幻の2000GT”として、世界中の2000GTマニアの間でも特別な存在として今日まで認識されている。なお正式名称ではないが、マニアの間では“2300GT”と呼ばれることが多い。

当個体は車体番号MF12-000001を持つ「MF12L」の試作第1号車である。

日本のコレクターのもとで動態保存されていた個体で、現在エクステリアはオリジナルのソーラーレッドではなく、ペガサスホワイトに塗り替えられてはいるが、機関系を含めて良好なコンディションが保たれている。

さらに注目すべきは「MF12L」の中で2台のみが製作された3速AT仕様という点であり、試作第1号車である点も加味すればその希少性は極めて高いものとなる。

車体番号 MF12-000002を持つ試作第2号車はトヨタ自動車が保有、車体番号 MF12-000006 はT OYOTA USA AUTOMOTIVEMUSEUMが保有していることからも理解できるように、「MF12L」は歴史的価値においても特別な存在である。その第1号車が手に入れられるチャンスは、この先二度と訪れないと断言できるだろう。

(出典:bhauction.com)


「ランチア・037ラリー・ストラダーレ」:スペック・価格

何とこのモデルは、世界限定217台のみ製造された内の第一号車という希少モデルで、ロットナンバーは”ZLA151AR000000001”となっています。このモデルは、フェラーリのF1エンジンの設計主任を務めたアウレリオ・ランプレディ氏が設計したもので、パワートレインは排気量2.0L 直列4気筒スーパーチャージャーエンジンを搭載し、最高出力205psを発揮します。

車体重量は1,170kgと当時では驚異的な軽さを持つ個体となっています。ちなみに、今回の第一号車の希少性については、既に2号車と3号車がクラッシュテストにてこの世に存在していないことから、まさに唯一無二の個体であるとしてその価値を高めていましたが、あまりにもコンディションが悪かったため、日本のスペシャリストにより約18年間もレストアが施され、この度新車レベルに復活したとのことです。なお、この個体の予想落札価格は、7,040万円です。


「ランチャ・037ラリー・ストラダーレ」:概要

下記がプレスリリースとなっています。

1982年より施行されたFISA(国際自動車スポーツ連盟)の“グループB”カテゴリーのホモロゲーション取得(市販用と競技用合わせて200台の生産台数)に合わせて開発され、伝説的な名車“ストラトス”が打ち立てた「ラリーのランチア」のイメージを復活させたモデルとしても高い人気を誇る037ラリー。

しかし、この有名な“037ラリー ”の名は正式名称ではなく、アバルトとの共同で行われたプロジェクトの開発コードだった“SE037”が広く認知されたことで、そう呼ばれることになった。正式名称は“ランチア・ラリー ”で、そのベースはランチア・ベータ・モンテカルロである。

ちなみに“ランチア・アバルト・ラリー ”というモデル名が当初予定されていたが、「ラリーのランチア」復権を強くアピールしたいという意図から、“アバルト”の名前は最終的にモデル名から外されることになった。

ベータ・モンテカルロのモノコックをベースにトラス構造のチューブラー製サブフレームを前後に配し、そこにエンジンとサスペンションを取り付けるシンプルな構造を採用。シャシーのデザインはジャンパオロ・ダラーラが担当している。

フェラーリのF1エンジンの設計主任も務めたアウレリオ・ランプレディが設計を担当した、縦置きのミッドシップレイアウトで搭載される排気量1995ccの直列4気筒DOHCエンジンは、スーパーチャージャーの過給によって205psの最高出力を発生。1170kgという軽量なボディには十分以上に刺激的なスペックを誇った。

生産台数は市販用のストラダーレと競技用のコンペティツィオーネを合わせて217台。とても希少性の高いモデルとして今日もコレクターの間では高値で取引をされている。

当個体はそんな“037ラリー ”の中でもさらに特別な価値を秘めた1台。その車体番号は“ZLA151R000000001”、すなわち生産第1号車なのである。
なお“00000002”と“00000003”はクラッシュテストに供されたという記録が残されており、そうした意味でも生産第1号車としての価値はさらに高まるといえるだろう。

1999年、現オーナーがイタリア・ピエモンテ州南部の都市アレッサンドリアにあったランチア・ディーラー「AUTOPOOL PRETE」にて購入。購入時は少なくとも10年以上動かされていない状態で、エンジンをはじめとした機関系にはフルオーバーホールを施す必要があり、またロッソコルサのエクステリアカラーを纏ったピニンファリーナの手によるボディにも埃がうず高く積もる状態だった。

非常に残念なコンディションだった“00000001”の“037ラリー ”はそのまま日本へと渡り、そこから実に18年もの歳月を掛けて日本のスペシャリストの下で丁寧なレストアが施されている。これだけの歳月をレストア作業に費やした理由は、可能な限りオリジナルのパーツを生かし、エンジン内部などのムービングパーツに関してもすべてフィアット製の純正パーツを取り寄せるなどしたことで、パーツ探しやそれらが届くまでの時間も含め、気づけばこれだけの歳月が流れていったのだという。

今年の6月にレストアが完了したばかりという“ZLA151R000000001”は、いうまでもなく非常に素晴らしいコンディションであり、特にインテリアなどは新車といっても過言ではないほどの美しさを保っている。

オドメーターが示す走行距離は僅かに450km。現オーナーが手に入れる以前のレコードは残念ながら残されていないため実走行を保証することはできないが、丁寧に仕上げられた実車の佇まいを見れば、それも気にならないだろう。

イタリアで10年以上の眠りにつき、そして日本で18年の歳月を費やして密かに再生された“ランチア・ラリー ”の生産第1号車。これはまさに、「奇跡の1台」と呼ぶべき存在である。

(出典:bhauction.com)

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管理人:CIMASHIMA

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幼い頃に近所にあったDR30スカイラインのスーパーシルエット仕様に衝撃を受けて、車の魅力に取りつかれる。その後、行きつけの駄菓子屋のオバちゃんが910ブルーバードnismoバージョンを購入し車好きが加速。そして、憧れだったDR30を免許取得後に購入し、イジって乗り回すもエンジンブローで最期を迎えてしまう。今となっては思い出となるも旧車やカスタムマシンなど、今も気になるマシンは数知れず。そんな世界の名車やカスタムマシンたちの情報をお届けするブログです。

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