【令和に残す昭和~平成の名車】S30型240Zの柳田春人伝説!

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【令和に残す昭和~平成の名車】S30型240Zの柳田春人伝説!

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「グランチャンピオンレース」といえば、現在では「街道レーサー」や「シルエットフォーミュラ仕様」などのカスタムマシンとして名残があり、旧車団の中で人気となっています。その「グラチャン」のヒストリーに迫ってみたいと思います。1970年に2回開催したスポーツカーレース。9月の「フジインター200マイル」では、イタリアから最新の「フェラーリ512S」を持ち込み、多くのファンを引きつけた。これをシリーズ化し、年間チャンピオンを競うイベントに仕立てられることが実現し「富士グランチャンピオンシリーズ」、“グラチャン”の愛称で親しまれることとなりました。


「グラチャン第1戦:決勝(雨)」

1971年4月25日、「富士300kmレース」でグラチャンが開幕することになりました。6kmのコースを50周で争うレースでしたが、「ポルシェ908/2」や7リッターエンジンを搭載する「マクラーレンM12」などのレーシングカーから、「日産フェアレディ240Z」 や「ホンダS800」の改造車までが混走するレースでした。

このシリーズは、1971年から1989年まで開催されることとなりましたが、グランチャンシリーズ(初期は富士グランチャン)の初期は雨に見舞われる事が多いレースでした。2年目の1972年からはマクラーレンやローラT280などのビッグマシンはオープンクラスとしてシリーズポイントは与えられずにチャンピオンシップからは除外され、2リッターのローラやシェブロンが本命であとは日産系プライベーターの「フェアレディ・240Z」が走るという状況でした。

初年度チャンピオンの酒井正のマクラーレンや高原敬武のローラT280はオープンクラスとなり、シリーズはローラT290に乗る永松邦臣、漆原徳光、シェブロンB19の田中弘とB21の鮒子田寛、GRD-S72の生沢徹がシリーズチャンピオンの大本命でした。しかし3月のシリーズ初戦は暴風雨の状態で開催され、酒井のマクラーレンが優勝し、ローラT280が間に合わずにマクラーレンM12を借りた高原が2位。他の2リッタースポーツカーは軽量のために雨に足をすくわれたり電気系統に浸水したりで後退して3位には柳田春人の「フェアレディ240ZG」が入り、ポイント対象としてはトップに入りました。ちなみに前座のスーパーツーリングレースでは国さんこと高橋国光の「ハコスカGT-R(KPGC10)」が優勝し「GT-R」の伝説の50勝を達成しています。


「グラチャン第2戦:決勝(雨)」

6月に開催された第2戦も梅雨の時期で雨に見舞われるレース。第2戦は2ヒート制で争われ、第1ヒートはまたしてもビッグマシンの高原のローラT280がトップ。2位に酒井のマクラーレン。3位~6位は田中、鮒子田、永松、漆原という2リッタークラスのトップグループが順当に続きましたが、7位以降は「フェアレディ240Z」勢が並び雨に強いところを発揮しました。第2ヒートは雨が激しくなり多くのドライバーから中止の声も出ましたが、40周のレースは25周に短縮されて実施されました。

このレースにおいても強さを発揮したのが「フェアレディ240Z」でした。特に第1ヒートで総合9位、「フェアレディ240Z」勢の中でも3番目でゴールした柳田春人は第2ヒートはトップを独走して何と総合トップでゴールしたのでした。2位は若かりし高橋健二の「フェアレディ240Z」、3位も歳森康師の「フェアレディ240Z」と240Z勢が雨の中上位を独占したのでした。「フェアレディ240Z」以外は永松が5位、酒井が7位、高原が10位にと言う状態で、2ヒートの総合でも「フェアレディ240Z」の柳田春人がトップとなり総合優勝で、もちろんポイント対照のクラスでも優勝。「Z使い」としては名をはせていた柳田春人はこのレースの快勝で雨男の異名を取る事になります。そして、柳田春人はシリーズ開幕でチャンピオンシップ2連勝と言う事になりシリーズポイントでも大幅にリードする事になります。


「グラチャン第3戦~最終戦」

続く第3戦、4戦は晴れの天気で「フェアレディ240Z」では全く歯が立たず、第4戦で総合9位、チャンピオンシップ7位でポイントを加算して辛うじてポイントトップで最終戦を迎える事になります。

最終戦は、11月末のレースでしたので晴れを読んだ柳田春人は「フェアレディ240Z」を引っ込めて元高原のローラT212を借り出して出場しますが、残念ながら下位に沈んでノーポイントに終わりチャンピオンは順当に鮒子田寛のもとに行ってしまいます。それでも柳田春人は最終的にシリーズ総合3位という結果を残したのでした。


「Zの柳田春人・その後」

グランチャンシリーズは、1973年まではGTSクラスとして「フェアレディ240Z」の混走を認めていましたが、1974年以降は前座のスーパーツーリングレースで「マツダ:サバンナRX-3」と戦う事になります。「柳田春人」は青いセントラル240Zで片山義美のRX-3と戦い何度かの勝利を挙げて、Zといえば柳田春人として名前が真っ先に挙がるようになります。

その後、柳田春人はスーパーシルエットでは「バイオレット・ターボ」や「ブルーバード・ターボ」に乗りましたが、Gr.Cの時代になって再びフェアレディZと言う名前のCカー(中味はローラやLM02C)に乗る事になり、「Zの柳田」として定着する事になります。今でもセントラル20というフェアレディZのチューニングパーツを開発、販売する会社を主宰して「Zの柳田」として君臨。


「日産:フェアレディ240ZG(S30)」:スペック

  • 年式:1973年モデル
  • 型式:HS30H型
  • 全長 × 全幅 × 全高:4,305mm × 1,790mm × 1,230mm
  • ホイールベース:2,305mm
  • トレッド(F/R):1,475mm / 1,515mm
  • 車両重量:–kg
  • エンジン型式:LY28
  • エンジン形式:直列6気筒 SOHC クロスフロー
  • 燃料供給装置:ソレックス製3連キャブレター
  • 排気量:2,870cc
  • 最高出力:221kW(300ps)/7,600rpm
  • 最大トルク:314N・m(32.0kgm)/6,400rpm
  • 駆動方式:FR
  • トランスミッション:5MT
  • サスペンション(F/R):マクファーソンストラット / マクファーソンストラット
  • ブレーキ(F/R):ディスク / LTドラム(現在:前後ベンチレーテッドディスク)
  • タイヤ(F/R):220-575-15/290-575-15(現在:225-585-15/275-585-15)
  • *GTS(特殊グランドツーリングカー)仕様 ブレーキ・タイヤの当時とは1973年レースド日本参戦時。
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管理人:CIMASHIMA

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幼い頃に近所にあったDR30スカイラインのスーパーシルエット仕様に衝撃を受けて、車の魅力に取りつかれる。その後、行きつけの駄菓子屋のオバちゃんが910ブルーバードnismoバージョンを購入し車好きが加速。そして、憧れだったDR30を免許取得後に購入し、イジって乗り回すもエンジンブローで最期を迎えてしまう。今となっては思い出となるも旧車やカスタムマシンなど、今も気になるマシンは数知れず。そんな世界の名車やカスタムマシンたちの情報をお届けするブログです。

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