【日産 ブルーバード ターボ(910)】シルエットレースの軌跡

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 ブルーバード ターボ(910)】シルエットレースの軌跡

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富士GCシリーズと呼ばれ、1980年代初頭、クルマ好きの若者を熱狂の渦に巻き込んだレースとして人気を博した「スーパーシルエットレース」のカテゴリーは市販車の面影を残した、実際は別物のモンスターマシンがサーキットを走行するレースでした。現代で言えば「スーパーGT」シリーズともいえる派手なエアロパーツをまとい、1トンそこそこのボディに最大出力:570ps以上のターボエンジンを搭載して、過給機のタービン音とともにストレートを脅威的なスピードで駆け抜ける姿が印象的です。一方、コーナー手前の減速区間ではサイド出しマフラーから強烈なアフターファイアを吹き上げていました。

FIAの当時の車両規定でグループ5にあたる「スーパーシルエット」あるいは「G5(ジーゴ)」と呼ばれたこのレースに参加するマシンの改造範囲は広く、パイプフレームで構成されたスペシャルなシャシーに、市販車のシルエットを残したカウルを装着したものでした。ヨーロッパでは、フォーミュラカーのようなシャシーを持っていたことから「シルエット・フォーミュラ」と呼ばれていました。日本においては、1979年から1983年まで「富士GCシリーズ」の中の一カテゴリーとして、シリーズ戦が組まれ大人気を博したシリーズでした。特にシリーズ後半の1982~1983年がその人気のピークとなり「富士GCシリーズ」の開催の日は、東名・中央の両高速道路が渋滞するほどの盛況ぶりで、一種の社会現象とも言えるほどのものとなっていました。

有名な「シルエットフォーミュラ」のレーシングマシンは、「日産」のライバルとなる「長坂尚樹」氏の「BMW M1」、「トヨタ セリカLBターボ」、「マツダ RX-7」でした。しかしやはり人気の中心が3台の日産ターボ軍団で、「柳田春人」氏が操る「ブルーバード・ターボ(KY910)」、「星野一義」氏の「シルビアRSターボ(KS110)」、そして「長谷見昌弘」氏の「スカイラインRSターボ(KDR30)」でした。

シャシーの構成として日産のスーパーシルエットカーのシャシーは、パイプフレームにアルミパネルをリベット留めしたもので、そこにエンジンをフロントミドシップにマウントされ、サスペンションはフロントがストラットタイプ、リアがウィッシュボーンタイプというパッケージに仕上げられていました。またパワーユニットはレース専用のエンジンが搭載されていました。搭載されたエンジンは、「LZ20B」型エンジンと呼ばれた4気筒4バルブDOHC、排気量:2,082ccのエンジンでした。これにエアリサーチ社製T05Bターボチャージャーを装着し、 ルーカス製メカニカルインジェクションシステムでマネージメントしたものでした。このインジェクションシステムの特性で、減速時に大きなアフターファイヤーを吹き上げ迫力を増していましたが、気になる最高出力は570ps/7,600rpm、最大トルクは55kg-m/6,400rpmというピーキーなものだったようです。ドライバーの一人、「柳田春人」氏は「エンジンは、中低速トルクがなくいわゆるドッカンターボだった。1トンそこそこのボディにピーキーな570psのエンジン。じゃじゃ馬だったね。直線はとにかく速かった」と当時を振り返っています。

その「柳田春人」氏の「ブルーバード・ターボ」は、1982年5月3日の富士GCシリーズ第2戦「富士グラン250キロレース」でデビューしました。他の2台となる「スカイライン」、「シルビア」も同時にデビューしています。このデビュー戦では「ブルーバード・ターボ」は3位の成績を収めています。1982年の「ブルーバード・ターボ」は、真っ赤なコカ・コーラカラーが印象的でした。デビュー後、参戦するレースのたびに、特にフロントセクションの空力パーツに試行錯誤の跡がみられています。当時のエンジニアだった「岡寛(現レース技術部)」氏は「パイプフレームのシャシーは剛性がなく、アンダーステア対策に悩んだ。そのため空力パーツの試行錯誤を繰り返した記憶がある。今と違って、風洞設備もない時代だからとにかく走って決めるしかなかった」と当時についてコメントしています。また、「エンジンの耐久性をあげることも課題だった。ルーカスの指定燃圧は6kgf/cm2だったのだが、実は15 kgf/cm2にしていた。この高燃圧に起因するトラブルが多かった。プラグも10番という高熱価なものを使っていた。今の人には分からないだろうが、我々はプラグの焼け具合で燃料調整を行っていたんだよ」とも語っています。

1983年は「柳田春人」氏の「ブルーバード・ターボ」は、カラーリングもオートバックスカラーに変更、初戦で優勝を飾っています。そしてこの年、好調を維持したまま、見事にシリーズチャンピオンに輝いています。だが、残念なことに、この年限りで「富士GCシリーズ」の中のスーパーシルエットレースは終了となってしまいました。そして、スーパーシルエットカーは翌年からスタートするグループCレースへと静かに移行していきます。しかし、1984年に3戦ほどスーパーシルエットレースが開催されました。それぞれ独立した単独イベントだが、日産ターボ軍団も参戦していました。「ブルーバード・ターボ」は、再びカラーリングを一新し、白をベースとしたコカ・コーラカラーをまとっていました。そして12月9日の「筑波チャレンヂカップシリーズ第5戦」を最後に、スーパーシルエットカーは人々の前から姿を消してしまいました。スーパーシルエットのスタイリングは、「富士GCレース」のサポートレースとして行われた「JSS(ジャパンスーパースポーツセダン)」にも継承され、それが1993年は「JGTC」に取り組まれ、その流れは現在の「GT300クラス」へ続いています。現在盛況の「SUPER GT」ですが、そのスタイリングのルーツはスーパーシルエットといっても過言ではないかもしれません。

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名前:シマシマ 
出身:福岡(1979年生)

博多の豚骨ラーメンと博多明太子で育ち、自然界に興味を持ち、島の生活に憧れ、国境の島「対馬」に移動。現在、「自営」を行なっており、家族で島の美しい海や山、面白い動植物に囲まれ、島のライフスタイルを楽しんでいます。車やバイクも好きなので趣味で遊んでいます。島のライフスタイルや気になる情報などをご紹介しています。