【ケンメリGT-R】大阪オートメッセに幻のレーシングGTR登場

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【ケンメリGT-R】大阪オートメッセに幻のレーシングGTR登場

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2017年2月10日から12日まで大阪府にあるインテックス大阪で大阪オートメッセが開催中ですが、「幻のレーシングGTR」と呼ばれる「日産 スカイラインGT-R(KPGC110型・通称:ケンメリGTR)」が展示されています。それにしても、なぜ「幻」といわれているのか?

「日産 スカイラインGT-R(KPGC110型・通称:ケンメリGTR)」がデビューしたのは1972年であり、当時は「ツーリングカー選手権(TSレース)」には日産から「スカイラインGTR(KPGC10型・ハコスカ)」の「ワークスGT-R」が参戦していました。ライバルは、「マツダ カペラ」、「マツダ サバンナRX-3」といった「ワークス・ロータリー勢」であり、レースにおける戦いは、まさに死闘と化していました。1972年5月の「日本グランプリTS-bレース」で、「ワークスGT-R」がついに「片山義美」氏の「マツダ サバンナRX-3」に敗れてしまいます。そして、1972年10月10日に行なわれた富士GC第4戦「富士マスターズ250kmレース」の「TSレース」を最後にとうとう日産は、「スカイラインGT-R」でのワークス活動を中止することになったのでした。

そのために日産ファンは、「無敵を誇ったGT-Rの時代は終わったのか?」と肩を落とし落胆してしまうのでした。しかし、その声に応えるかのように、1972年10月末の東京モーターショーにこの「日産 スカイラインGT-R(KPGC110型・通称:ケンメリGTR)」、しかも「ケンメリGT-R レース仕様」モデルが展示されたのでした。

参考出品車ということで詳しい説明はなかったものの、カーナンバーの「73」という数字から1973年シーズンに向けてのTS仕様をこの参考出品車はアピールしていたのでした。しかし、ボンネットに搭載されていたパワーユニットは、ワークス仕様の機械式インジェクション仕様の燃料供給システムではなく、キャブレター仕様が搭載されていたというから本格的な開発車両ではなく、あくまでも展示を目的としたものだったようです。しかしながら、「高橋国光」選手との組み合わせでポスターが作られ、その印象が強烈に焼きついているファンも多かったことから、「幻のレーシングGTR」のTS仕様は記憶としてずっと生き続けてきたのです。

実際、生産台数:197台であり、試作車やレーシングGT-Rの存在から販売台数は、195台とも言われているゆえに「幻のケンメリGT-R」なのです。

「スカイラインGT-R(KPGC110型)」:スペック

  • 全長 × 全幅 × 全高:4,460 × 1,695 × 1,380(mm)
  • ホイールベース:2,610mm
  • 車両重量:1,145kg
  • エンジン型式:S20型
  • エンジン形式:水冷直列6気筒DOHC24バルブ
  • 排気量:1,989cc
  • ボア×ストローク:82.0 × 62.8(mm)
  • 圧縮比:9.5:1
  • キャブレター:ミクニ・ソレックスN40PHH ×3基
  • 最大出力:160PS / 7,000rpm
  • 最大トルク:18.0kgm / 5,600rpm
  • トランスミッション:5速MT
  • サスペンション(F/R):マクファーソンストラット/セミトレーリングアーム
  • ブレーキ(F/R):4輪ディスクブレーキ
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名前:シマシマ 
出身:福岡(1979年生)

博多の豚骨ラーメンと博多明太子で育ち、自然界に興味を持ち、島の生活に憧れ、国境の島「対馬」に移動。現在、「自営」を行なっており、家族で島の美しい海や山、面白い動植物に囲まれ、島のライフスタイルを楽しんでいます。車やバイクも好きなので趣味で遊んでいます。島のライフスタイルや気になる情報などをご紹介しています。