【日産 ブルーバード】 最強最速の伝説となったBRE510ブル

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【日産 ブルーバード】 最強最速の伝説となったBRE510ブル

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1967年に登場した「510型」の「日産 ブルーバード(輸出仕様:ダットサン510)」は、角張った硬派なエクステリアデザインとなりました。先代モデルの「410型」のデザインから一転、三角窓を廃止し、直線的でスポーティーなラインを取り入れた「スーパーソニックライン」と呼ばれるデザインコンセプトで話題を集めたモデルでした。パワートレインは、「プリンス自動車」の技術を取り入れ「日産車」では初の四輪独立懸架のサスペンションシステムを搭載しました。スポーティーなデザインと「技術の日産」をアピールする高性能な走りを誇り、「スーパースポーツセダン(SSS)」として「510型」は「ブルーバード」史上最大のヒット作となっていくのです。直線的で硬派さと力強さを感じさせるストイックなスタイリングと高い走行性能は「走りのブル」として人気を博していくのでした。

そして、この「510型 ブルーバード」の評価を不動の物としたのは、モータースポーツでの活躍があったのです。1970年に「ピート・ブロック」氏が率いる「BRE(Brock.Racing.Enterprises)」は、「ダットサン 240Z」のレーシングマシンである「BRE 240Z」でSCCAプロダクションCクラスを舞台に大活躍していました。当時の「USAニッサン」の社長である「片山豊」氏は、「BRE(Brock.Racing.Enterprises)」に一般的なセダンである「510型 ブルーバード」を使用したレース参戦を要求します。それに対して「BRE(Brock.Racing.Enterprises)」は、1971年開催の「TransAM2.5シリーズ」に参戦を表明します。この「TransAM2.5シリーズ」に参戦を表明した「アルファロメオ」や「BMW」に勝つために「ダットサン510(日産 ブルーバード)」をベースにした「BRE TransAM 510」の開発を開始します。ボディを薄く加工しロールケージでフレームを形成して徹底的なボディの軽量化を図り「BRE 240Z」に搭載されていた「L24型」エンジンを「BRE TransAM 510」に搭載するために3分の2のサイズに縮小した排気量:1,600cc 直列4気筒 OHCの「L16型」エンジンを開発(後の1972年にはさらに馬力の大きい「L18型」エンジンを搭載する)します。西海岸の「BRE(Brock.Racing.Enterprises)」と東海岸の「ボブ・シャープ」氏によって、それぞれ開発された、この「PL510」こと輸出モデルの2ドアセダンをベースとしたレースカーは、初年度の「L16型」エンジンは、排気量:1,622cc、2年目以降はよりパワフルな1,800ccの「L18型」エンジンを搭載して、最終型では最大出力:200psオーバーを記録していたといわれています。

そして、実際に開幕した1971年の「TransAM2.5シリーズ」では、「BRE TransAM 510」にドライバー「ジョン・モートン」のセンスと情熱溢れるドライビングが合わさり優勝を重ねていきました。しかし、ライバルとして「ホルスト・クウェッチ」の「アルファロメオ」が立ちはだかり、タイトル争いは一進一退を続け決着はシリーズ最終戦のラグナセカまで持ち越されました。最終的に「BRE TransAM 510」は、「アルファロメオ」の奇策に遭いながらも見事勝利し、「BRE(Brock.Racing.Enterprises)」は、「片山豊」氏に「DATSUN」史上初のマニュファクチュラーチャンピオンを贈ったのでした。そして「ジョン・モートン」は、ドライバーズチャンピオンに輝き、栄光のダブルタイトルを獲得という輝かしいデビューイヤーとなったのでした。しかも翌1972年、「BRE TransAM 510」にはさらなるチューンナップが施されパワーアップし、なんと2年連続のダブルタイトルを獲得することになったのです。こうして「BRE TransAM 510」は、今もなお語り継がれる伝説のチャンピオンとなりました。この1971年-1972年にかけての「SCCA TransAM2.5シリーズ」の2年連続ダブルタイトルチャンピオンに輝いたことで最強最速の無敵を誇り、1973年からは全く勝ち目がないと判断した「アルファロメオ」と「BMW」が撤退するまでになったのでした。そして、シリーズ自体存続できないという状況にしてしまった伝説のレーシングマシンとなったのです。

それから29年後の2001年の8月19日、この日に開催された第28回「ロレックス・モントレー・ヒストリック・オートモービル・レース」で「BRE TransAM 510」が再びファンの前に姿を現しました。ドライバーは「ジョン・モートン」氏で当時と変わらぬ天才的なドライビングで見事クラス優勝を果たし、そして「ジョン・モートン」氏は、「BRE TransAM 510」の活躍を振り返ってこう言ったそうです。「この車はレースで先頭を走らなかったことなんて無いんだ。」まさに、伝説がよみがえった瞬間でした。

今なお、この「BRE TransAM 510」のカラーリングをボディに纏った「510ブル」に憧れを抱くファンは多く、これからも魅了する伝説の名車として語り継がれることになるでしょう。

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名前:シマシマ 
出身:福岡(1979年生)

博多の豚骨ラーメンと博多明太子で育ち、自然界に興味を持ち、島の生活に憧れ、国境の島「対馬」に移動。現在、「自営」を行なっており、家族で島の美しい海や山、面白い動植物に囲まれ、島のライフスタイルを楽しんでいます。車やバイクも好きなので趣味で遊んでいます。島のライフスタイルや気になる情報などをご紹介しています。