【ダットサン BRE 240Z】無敵を誇った伝説のS30Zとは

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【ダットサン BRE 240Z】無敵を誇った伝説のS30Zとは

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「ダットサン(日産) Z(フェアレディZ)」のS30型といえば、日本の名車でありスポーツカーで最も成功したモデルといえる車です。そのS30型の「Z」で海外で活躍した伝説的な存在といえるモデルが「BRE(ブロック・レーシング・エンタープライゼス)」の「ダットサン 240Z」でしょう。「BRE(ブロック・レーシング・エンタープライゼス)」は1966年に「ピート・ブロック」氏によって設立されたレーシングチームです。ちなみに「ピート・ブロック」氏は、「シェルビー・アメリカン」において空力デザイナーを務めており有名な「コブラ デイトナクーペ」のエクステリアデザインを整えた人物として評価されていました。


「最初のレーシングマシンは日野製」

「BRE(ブロック・レーシング・エンタープライゼス)」は、最初から日本車をベースにレーシングビジネスを展開することを社是としていました。最初にレースカーとして選択したのは、実はRR駆動で今ではトラックメーカーである「日野自動車」の「日野 コンテッサ」でした。後に「ピート・ブロック」氏は、日本の日野ワークスと共に「チーム・サムライ」を結成し「サムライ・プロト」をデザインしましたが、「日野自動車」が「トヨタ自動車」との合併を発表したために「チーム・サムライ」は解散してしまうのでした。


「日産とのパートナー」

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その後、1968年から「ピート・ブロック」氏は、新たなパートナーとして日産と手を組むことになりました。ここで「S30型Z」の先代モデルともいうべき、「ダットサン(日産):フェアレディ2000(SRL311型)」がパフォーマンスに優れたスポーツカーとして人気が高まっていた、北米日産のスポンサードと共にSCCA Cプロダクションに送り込むことになりました。「ダットサン(日産):フェアレディ2000(SRL311型)」によるレース活動が好成績となっていた1969年の夏、レース活動を高く評価し積極的に何かと便宜を図っていた「ピート・ブロック」氏に対して北米日産を通じて新型スポーツカーである「ダットサン(日産):フェアレディZ(S30型)」によるレース活動の契約が交わされることになりました。そして翌年の1970年シーズンから「ダットサン(日産):フェアレディ2000(SRL311型)」と同じSCCA Cプロダクションへ参戦することになるのでした。


「BRE 240Zの誕生」

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レーシングマシンへとチューニングが施されることになる「ダットサン(日産):フェアレディZ(S30型)」は1970年1月にカリフォルニア州の「BRE(ブロック・レーシング・エンタープライゼス)」に日本側から20台の新車の「ダットサン 240Z」が送られてきました。

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SCCAプロダクションというカテゴリーはその名の通り市販状態からのモディファイが厳しく制限されており、事実上メーカー純正装着されていたもの以外は、主として安全性と耐久性を向上させるためのパーツ交換やモディファイしか認められていないというのが事実でした。

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そのような中、SCCA Cプロダクションにおいては「ほぼ同レベルの動力性能」と思われる年代もエンジンのキャパシティも異なる様々なスポーツカーが熱戦を繰り広げていました。「ダットサン 240Z」に対して最大のライバルと目されていたのは日産と同じく本国メーカーが注力を注いでいた「トライアンフ」でした。

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また、初代モデルの「シボレー コルベット」やイギリスの「ロータス エラン」といった名車たちもライバルでした。そして、1970年にシーズン開幕となり、「BRE(ブロック・レーシング・エンタープライゼス)」のレーシングチームは「ダットサン 240Z」と共にドライバーである「ジョン・モートン」のドライビングでレース参戦していくことなりました。


「伝説が始まる」

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1970年シーズン、Cプロダクションにおける「BRE 240Z」の快進撃が始まることになりました。地元を中心としたリージョン戦の中でもナショナルチャンピオンシップが同時に掛かっていた一戦をメインに戦った「BRE 240Z」のレーシングマシンは、そのまま地区チャンピオンに輝き、最終決勝戦でもあったARRCにおいても勝利をおさめるという強さを見せました。

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参戦初年度からナショナルチャンピオンに輝くという功績を残したのでした。この好成績は翌年も続き、1971年シリーズにおいてもナショナルチャンピオンは「ジョン・モートン」と「BRE 240Z」のものとなったのでした。

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この「BRE(ブロック・レーシング・エンタープライゼス)」は、1970年~1971年の2年連続ナショナルチャンピオンを獲得しましたが、実は1972年~1973年には「ボブ・シャープ・レーシング」の「ダットサン 240Z」も同じくナショナルチャンピオンを獲得しています。

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さらにこのカテゴリーにおける「ダットサン 240Z」の連覇はチームこそ異なれ実に1979年までの10連覇に達し、伝説を築いたのでした。


「現代でも活躍するBRE 240Z」

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最も有名なカーナンバー「♯46」が書き込まれている「BRE 240Z」の初号機は、フェニックスでのレースで大破し廃棄されたとも言われているものの、その他に「BRE(ブロック・レーシング・エンタープライゼス)」の手でビルドアップされた「ダットサン 240Z」は多数存在していたことから、現代ではカーナンバー「♯46」をまとった状態にレストアされレースを戦っている個体が複数存在しています。「ピート・ブロック」氏の話では、最初の会談の時点でDOHCエンジンを搭載した「フェアレディ Z432」での参戦を「BRE(ブロック・レーシング・エンタープライゼス)」側は望んだものの、北米での販売予定が無かったことからそれは適わなかったということです。今も「ダットサン(日産):フェアレディZ(S30型)」を語るうえで、外せない「BRE 240Z」の存在と伝説は、まぎれもない世界のモーターファンを魅了し続けており、憧れとして語り継がれていくことでしょう。

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名前:シマシマ 
出身:福岡(1979年生)

博多の豚骨ラーメンと博多明太子で育ち、自然界に興味を持ち、島の生活に憧れ、国境の島「対馬」に移動。現在、「自営」を行なっており、家族で島の美しい海や山、面白い動植物に囲まれ、島のライフスタイルを楽しんでいます。車やバイクも好きなので趣味で遊んでいます。島のライフスタイルや気になる情報などをご紹介しています。